味噌・しょうゆのヤマカノ醸造

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ヤマカノ今昔物語

ヤマカノ醸造株式会社の本社は、宮城県北部に位置する
登米(とよま)町にあります。
登米町は登米(とめ)・伊達(だて)藩の城下町でもあり、
北上川を水運とする交通の要所で、古くから米、大豆を
原料とする醸造業が大変盛んな土地柄でありました。

※登米の呼名は"といま"が崩れ"とよま"となった説が有力です。
現在は市の呼名が"とめ"で町の呼名が"とよま"と呼ばれています。
<宮城県登米(とめ)市登米(とよま)町>

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ヤマカノ醸造株式会社(以後ヤマカノと表現)の
前身である鈴彦商店は、初代 鈴木彦治が
明治42年頃より創業致しました。
ヤマカノの屋号の屋根部分にある、鈴彦は創業者の
頭文字をつけたものであります。
詳しい資料は明治.昭和の二度の大火により残念ながら
焼失してしまいました。
大正後期二代目、鈴木彦治が二十四歳の時金華山に詣で
商人として開眼しました。翌年岩手県の星製薬と提携し、
薬品及び食料品の卸を兼ねて昭和の年代までに至ります。

その後戦争という混沌とした時代を経て昭和二十年に
三代目鈴木彦治が(現株式会社バイタルネット名誉会長
ヤマカノ相談役)が経営を引継ぎ<誰にも負けない立派な
企業を育て上げること> と誓いをたてました。
戦後の物資不足の悪条件下においても、三代目彦治は
リュックを背負い、目標実現のため昼夜を問わず文字どおり
"身を粉にして"仕事に励みました。
昭和二十三年に合資会社鈴彦商店として、家内興業から
企業への第一歩を踏み出しました。

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さらに昭和二十五年には※株式会社鈴彦商店を設立し、
昭和三十四年九月には醸造部門を独立・分離させて、
ここにヤマカノが誕生したのでした。

※株式会社鈴彦商店は後に医薬品の商社として
株式会社鈴彦、サンエス株式会社 を経て
現在の株式会社バイタルネットへと進歩発展を遂げています。
昭和六十三年、四代目社長 鈴木彦太が経営を
引き継ぎます。伝統技法を深化させることと同時に、
関連商品の開発に積極的に取組み新境地を開拓致しました。
当社のロングセラー『秘醸登米味噌』、『味つゆ』の開発、
販売及び業務用、加工用への参入はこの時期にスタートしました。

平成十二年、現在の五代目社長鈴木彦衛が経営を引き継ぎました。
五代目社長は先人の意志を受け継ぎながら、新時代を迎えるにあたって
新しい企業創りを目指し、社是でもある

【わたしたちは真心をこめて人々に喜ばれるものを造り、
販売することに誇りと楽しみを共にしましょう】

を基本理念に社員一丸となって日々精進しております。

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